STORY
Written by 上田亮

遠くの景色が、ここにある

果てしない道を走り、森を抜け、川をわたり、山を越えた。光と影が織りなす一瞬の景色が、心の奥に小さな問いを残していく。旅はいつも、モノより先に、感覚を連れて帰ってくる。
 
2023年9月、僕はスウェーデンのBurusjönにいた。行動食はブルーベリー。この時期、森のどこにでも実っている。この数日で、今までの人生で食べた以上に食べたと思う。北欧の山で飢えることはないのだ。

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


トレッキングは正直、肉体的に辛い時間が長い。苦しさから逃げる場所もなく、ただ足を前に出し続けるしかない。その「逃げられない時間」の中で、僕は普段の記憶や考えを何度も反芻する。

すると、頭の中に散らばっていたものが少しずつ整理され、まとまっていく。歩くという単純な行為が、次第に自分自身との対話に変わっていく。だからこそ、日常の喧騒や業務から離れ、僕は自然に足を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自然の中で自分と向き合う時間は、旅先での出会いにも重なる。森を歩くときのように、器や家具、古物や人に出会うたびにその存在に耳を澄ませる。目の前に現れたものに静かに心を傾けると、やがてその輪郭が少しずつ浮かび上がってくる。その中で心に残ったものを、旅から持ち帰る、それを繰り返して集められたものが、今この場所を作ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅の途中で出会う古物もまた、自然の景色と同じように、じっと耳を澄ませるような存在だった。
スウェーデンの蚤の市で、長い年月を経た家具や器に触れたとき、その木目や傷のひとつひとつが、見知らぬ誰かの生活の記憶を語りかけてくるように感じた。

中でもアラビアのRuskはカラフルなものが多い北欧の食器の中で、素朴でありながら深みのある表情を持つ、お気に入りのシリーズだ。グスタフスベリと並んで今もスウェーデンの家庭で親しまれており、代々譲り受けられてきた器を手にすると、見知らぬ家族の食卓のぬくもりまで想像させてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本でも、東北や北関東、長野で多くのものと出会った。そのものが、どこでどのように使われていたのかを、できる限り聞くようにしている。肥料屋さんの階段の下に収まっていた引き出し。あるいは、着物屋さんの店先を彩っていたガラスケース。それぞれの場所で役割を果たしてきた物語が、古物の表情に刻まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古物が生活の記憶を宿すように、人の手が生み出す工芸品にも、その土地や人の記憶が息づいている。

石川県の我戸幹男商店は、旋盤の確かな技術が、現代のデザインと出会い、ミニマルな中に新しさがある。清澄白河で出会ったtegotoは、明確なコンセプトとアイデア、グラフィックデザイナーらしいデフォルメされた造形の魅力が詰まっている。青山で出会った西本良太さんの作品は、人の日常の無意識の中にある繊細な記憶を木の作品に落とし込んだ素敵なものばかり。旭川のササキ工芸も、地域に根づいた木工の技術が、グローバルな視点で、地域の可能性を開こうとしている。下川町のSORRY KOUBOUの、その土地に根づき暮らすことの延長線上にあるものづくりはリスペクトしかない。

他にも挙げるとときりがない物語がたくさんある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海外でも、ストックホルムやパリで出会ったMOEBEの家具やオブジェは、デンマークらしい機能主義とミニマリズムの追求から生まれ、日常にさりげなく余白を差し込んでくれる存在だ。

どの出会いも、ただ「モノ」を選ぶという以上に、作り手がどのように自然や素材、時間と向き合っているのかを知ることだ。その姿勢に触れることで、自分自身の選び方や感覚も磨かれていくように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕入れやリサーチという目的を超えて、旅は常に僕を映し出す鏡でもある。どんな景色や人に心を動かされ、どんなモノを誰かに手渡したいのか。その問いを繰り返すことで、自分の中に眠っていた感覚や価値観がおぼろげに浮かび上がる。

旅先での時間、モノや人との対話が積み重なり、それがWONDERINGという場所のあり方へと自然につながっていくのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

振り返れば、これまでに歩んできた道のりのすべてが、今、ここで店を営むことに結びついているように思う。遠い昔の遠くの景色が、確かに今ここにある。

一周年は通過点にすぎない。旅の途中で受け取った風景や記憶を、モノを通して誰かに手渡す。それは誰かから誰かへと、物語を繋いでいくこと。旅で出会った遠くの景色を、これからもこの場所で誰かの日常にそっと重ねていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



この一年、ここを訪れてくださった多くのお客さまとの時間を思い返す。棚の前で迷いながら選んでくださった瞬間、「これをあの人に贈りたい」と教えてくださった声、何気ない会話の中で生まれた小さな気づき。それを受け取った僕らが、それぞれ考え、この場所の日々に還元する。

手渡されたモノの数だけ、そこからまた新しい日常の物語が広がっていく。その積み重ねが何よりもありがたく、やりがいになる。改めて、この一年のものと人との出会いに深く感謝しています。これからも、遠くの景色を日常に繋げる小さな橋のような場所でありたい。

2025年8月31日は偶然にも日曜の営業日。ぜひお立ち寄りいただければ嬉しいです。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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